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胃瘻フィーバーの終焉に強い「政策誘導」-新潟県福祉保健部長・松本晴樹氏

 飛龍。松本氏と話してまず持ったのはこのイメージだ。この若き高級官僚は、水を得た魚のように厚生労働省、新潟県と飛び回っている。世を睥睨し全体を見ながら、近づけばその鱗には無数の傷がついている。以前ここで対談させてもらった、同じ厚生労働省医系技官の堀岡伸彦氏はどこからどうみても猛虎だったが、今回の松本氏は飛龍だ。なんとなく、二人の対決を見てみたい、など勝手なことを考える。

 それにしても私の出会う官僚たちはみな、どうしてこうもエネルギーに満ちあふれているのだろうか。個人的な知人が厚生労働省以外の省庁にもいるが、その人間もマグマの塊のようだ。こういう人が、この国の制度を考えて作り、問題を解決し続けているのだと思うと大変心強く思う。それも、私たち臨床医よりもはるかに安い給料でだ。城山三郎の小説「官僚たちの夏」でも、日本という国のために心を尽くして悩み抜く官僚たちの姿が描かれる。時代は少し前だが、あれはけっこうリアルだと知人の官僚は言っていた。

 松本氏に伺いたかったのは、官僚がどんな仕事をしているのか、ということだ。答えは非常に明快で、「官僚は問題解決が仕事」とのこと。なるほど、問題解決の能力を磨けば、1、2年で部署がコロコロ変わっても同じスキルが積まれていくのだろう。臨床医とはかけ離れた仕事内容で、とても面白そうである。対談では聞けなかったが、「関係者の説得」では裏技や寝技も使うのだろう。教科書的であればあるほど高い能力になり、良い結果を生み出す臨床医とはまた違う。

 医系技官は数年おきに部署を変わるが、その度にまずやることは2次情報に当たることだという。「広く浅く学んでから、詳しい情報を入れ」、その上で「鍵になる人に聞きまくる」という態度はとても学びになった。そんなこと、あまりやっていないなあ、と自戒する。今自分がやっている臨床研究では、京大公衆衛生大学院で広く浅く学び、詳しい情報もまあ入れたのだが、「鍵になる人に聞きまくる」ことは全然やっていない。もっとそういうアクションも取っていかねば。

 それにしても驚いたのは、2014年度の診療報酬改定で胃瘻造設術の保険点数を下げる仕事に松本氏が携わっていたことだった。ご存知の読者の方も多いと思うが、あの頃、胃瘻造設術まわりがドル箱になり一斉に消化器内科医、外科医が胃瘻を作りまくったのだ。その後点数が下がり、同時期に胃瘻への批判も高まったこともあり急速に廃れた印象がある。もちろん今でも必要な患者さんへは作られているが、乱造と言われていた当時の胃瘻フィーバーは私もおかしいと感じていた。療養病院へ行けば、10人中8、9人は胃瘻の入った高齢者だった。日本の医療は規制産業で、非常に強い「政策誘導」がある。保険点数が高くつけば人が集まり専門施設が立ち、充足したところで点数が下がるとプレイヤーが去り程良い塩梅となる。この胃瘻がいい例だ。それも良し悪しである。

 松本氏の人生を考えた。臨床医を3年、その後、医系技官として厚生労働省に入省し、ハーバード大で公衆衛生を学び新潟県への出向。すぐにまた厚生労働省に戻るのだろう。そこでいろいろな部署でのキャリアを積み、どこを目指していくのだろうか。

 いや、そんなことはあまり考えていないのかもしれない。その場その場で全力を尽くし、泥臭くのたうち回ってめざましい結果を出していく。それにただただ夢中になっているのかもしれない。ふと、そう思った。翻って自分の来た道を振り返る。外科医をずっと続け、大腸癌の専門家として技術を高め続け、ロボット支援手術など新しい技術を取り入れ、ひたすらその道を追い求める。

 全く違う二つの道だが、こんなところでクロスしたのはただの偶然か。いつかコロナが明けたら酒でも呑みに行きたい。

 臨床医の給与が下がることについても、松本氏は触れた。これを読む若手医師の皆さんへは、「従来の臨床+αをしないと、コモディティになってしまう」というセリフをよくよく覚えておいていただきたい。医師の人数が相対的に増え、さらに「超長時間働ける」スキルが働き方改革で使えなくなるなどすれば、医師の能力はさらに均てん化される。誰でも同じになり、差別化ができなくなることをコモディティ化と言う。もはや医師というライセンスだけで1500万円を超すような高給は期待できなくなるのだ。自分にもしっかりと言い聞かせつつ、本対談を振り返った。

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