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診療所のスプリンクラー、普及いまだ進まず 福岡市の医院火災から1年

10人が死亡した福岡市博多区の安部整形外科の火災から11日で1年。火災をきっかけに初期消火に有効なスプリンクラーの必要性が指摘された。国は病院や有床診療所に対する設置義務の拡大に動き、補助金も創設したが、普及は思うように進まない。経営が苦しい有床診療所が求める低コストの「簡易型スプリンクラー」の設置基準などを定める法令整備が遅れ、ブレーキをかけている実態がある。

 昨年10月11日未明に火災が発生した整形外科にはスプリンクラーの設置義務はなかったが、未設置だったことが被害拡大につながったとの指摘が相次いだ。

 このため総務省消防庁は7月、消防法施行令などの改正案をまとめ、2016年4月から自力避難が困難な患者がいる病院と有床診療所は面積にかかわらずスプリンクラー設置を義務化、簡易型スプリンクラーも一定面積以下の施設に設置を認める方針を示した。既存施設には10年間の経過措置を設ける見込み。

 厚生労働省もスプリンクラーを設置する医療機関に1平方メートル当たり1万7千円の補助金を出すことを決め、昨年度の補正予算には約100億円を計上した。

 従来型のスプリンクラーの設置には1平方メートル当たり3万5千円前後かかり、施設側に数百万円もの負担が生じるケースが多い。全国有床診療所連絡協議会は、コストが従来型のほぼ半分で済む簡易型を認めるよう国に働き掛けてきた。

 厚労省は6月末、簡易型を含め、申請があった約2100施設のうち約600施設に助成を内示。ただ、消防庁は当初、簡易型の設置基準などを盛り込んだ改正消防法施行令などを8月中に公布予定だったが、「条文の調整」を理由に遅れている。このため、施設側と消防署との事前協議が進まず、内示後も着工できないケースが多いようだ。

 福岡市や長崎市は「法令が公布されるまでは、判断のしようがない」と説明。鹿児島市は、今後、設置基準などが変わる可能性があることを説明した上で、施設側との事前協議に応じるとしている。

 関係者の間では、法令整備後に設置希望が集中した場合、業者の施工能力の限界から対応が遅れることへの懸念も漏れる。

 一方で、有床診療所連絡協で防火担当理事を務める田坂健二医師(福岡市)のもとには、内示を受けた全国の医師から「補助枠を大幅に超える工事見積もりで困っている」という相談が連日寄せられている。簡易型でも、想定外に多額の自己負担が必要な見積もりを示す業者もあるという。

 3割が赤字経営とされる有床診療所には死活問題。同連絡協は「多額の負担が必要なら、いったん補助金を辞退するように」と呼び掛けざるをえない状況だ。

 火災はきょう起きるかもしれない。田坂医師は「患者の安全が第一だが、厳しい経営状況の中で借金を抱えるようでは入院受け入れをやめる施設が出かねない」と、早期の解決を訴える。