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(茨城)歯科医再開、地元が応援

「いよいよ再スタートだね」。今月15日の夜、石岡市東石岡の「みのる鮨(すし)」で主人の木崎稔さん(48)は、カウンターで好物の焼き魚をつまむ岡崎芳子さん(79)と喜びを分かち合った。

 岡崎さんは、市中心部で大正初期から3代続く岡崎歯科診療所の院長。昨年の大震災で診療所がほぼ全壊し、いったん廃業に追い込まれたが、建て替えが終わり、4月から診療を再開する。「これはね、命の次に大事なものなのよ」。歯科医師の免状を筒から取り出し、いとおしそうに見つめた。

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 岡崎さんは浦和市(現さいたま市)出身。大学歯学部の同級生だった義和さんに嫁いで以来、半世紀にわたり診療所での治療にとどまらず、近くの小学校の検診や患者宅への訪問診療にも通った。義和さんは15年前に亡くなったが、長女で歯科医の仁平由美さん(47)らと診療所を守ってきた。

 虫歯の治療で泣きべそをかいていた子供たちはすでに成人し、我が子を連れてくるようになった。「患者さんと道ですれ違った時、名前を度忘れしていても、口の中の様子はすぐに頭に浮かんでくる」と笑う。

 木崎さん一家とは家族ぐるみの付き合い。幼い頃から木崎さんの虫歯を治療し、結婚式の仲人も喜んで引き受けた。木崎さんの母親が亡くなった時は、真っ先に駆け付け慰めた。木崎さんの長男亮太さん(20)が小学3年の時、自転車で転んで折った前歯の差し歯は岡崎さんのプレゼント。プロゴルファーを目指す亮太さんに「プロになって、いい歯を入れる時はお金をもらうから」と励ます姿は実のおばあちゃんのようだ。

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 大震災が起きた時は診療所で患者とおしゃべりをしていた。大きな揺れが収まり外に出るとコンクリートの壁が崩れ、道路を塞いでいた。鉄骨がむき出しになった診療所を目の当たりにし、途方に暮れた。大学病院で外科医を務める長男任晴さん(49)から「東京で一緒に暮らそう」と勧められ、「私の代で診療所を潰せない」と断ったが、老い先を考えると迷いもあった。

 そんな時、再起に向けて背中を押してくれたのは地元の人たち。道端で顔なじみに会えば「入れ歯を調整してもらい、うまくかめるようになったのに、やめられたら困るよ」と頼まれた。同い年の患者たちからは「お互いに85歳まで頑張りましょうよ」と励まされた。

 木崎さんも2日と空けず自宅で茶飲み話に付き合ってくれたり、診療所の建て替えのため住宅展示場を車で一緒に回ってくれたりした。「石岡に恩返しをしたい。目がちゃんと見えるうちは、100歳になっても続けたいな」。真新しくなった診療所を前に希望を膨らませた。

読売新聞 3月30日(金) 配信