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無理にがんばらない 香山リカのココロの万華鏡

ときどき講演に出かけることがある。そこでいつも強調するのが、「遠慮なく専門家を頼ってください」ということだ。

 診察室でもときどき、「不眠になったのは2年前」などと長期間、受診しないでがまんしてきた人に出会う。その人たちは、「これくらいで病院に来てはいけない、自分でなんとかしなくちゃ、と思っていました」と語る。

 本当は、そんなにがんばる必要はない。「あれ、いつもと違うな」と思った時点で、遠慮なく専門医のところを訪れてよいのだ。

 「ギリギリまでがまんする」というのは、精神科の診察室だけで見られることではない。借金の相談を得意とする弁護士事務所、悪徳商法の相談を受ける消費者センターなど、どの専門機関でも「もっと早く相談に来てくれればいいのに」という声を聞く。相談者は、「私の問題だから、私がなんとかしなきゃ」と思って遠慮しているようだ。「“自分のせいでしょう”と怒られるんじゃないか、と怖がっていた人もいます。そんなはずはないのに……」。生活苦の相談に応じるNPO法人で、こんな声を聞いたこともある。

 しかし、福祉、医療、法律などの専門家や専門機関は、一般の人が自分の力でどうにもできない問題を片づけるためにいるのだ。がまんしたり「私が悪いんだ」と思い込んだりしないで、「なんとかしてくださいよ」と頼ってほしい。私はそう、訴えてきた。

 今回の災害の被災者たちは、どうなのだろう。ひと月近くがたち、少し落ち着いてきた人たちは、今後の生活の再建に向けていろいろな専門機関を利用し始めているのだろうか。ただ、いまだにライフラインも復旧しないところでは、とても専門家に相談する余裕もないかもしれない。

 昨今、専門家たちは「オフィスに座っているだけではダメ」と気づき、“御用聞き”のように積極的に人々のあいだに出て行くようになりつつある。これを「アウトリーチ」と呼んでいる。これから必要になるのは、専門家による被災地での“出前診療所”や“出前法律事務所”などだろう。

 私も、日常の診療の合間に、気軽に“出前”に行きたいと思っている。被災地のみなさんも、ぜひ「こんな出前が必要です」と遠慮せずに声をあげてほしい、と思う。

 もちろん、被災地以外の人たちも、これからも「自分でなんとかしなきゃ」などと遠慮せずに、気軽に専門家を頼ってほしい。遠慮は無用。古くからある言葉だが、今こそそう言いたい。