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永遠の0(ゼロ)いのちの大切さを思う

今、話題の映画「永遠の0」を見る機会がありました。第二次世界大戦の最後の頃に行われた、日本軍の特攻作戦が描かれていますが、いのちの大切さが主題となっています。

 特攻する戦闘機に乗る若い隊員は、空中戦などの高度な飛行訓練は受けず、ただひたすら急降下して敵の空母に体当たりする技術だけを訓練させられました。主人公の宮部は特攻隊員を訓練する立場でした。特攻機を現場まで護衛する任務で、ほとんどの特攻機が撃墜され、海に散ってゆく姿を数多く見ていました。

 「自分は娘や妻のために、必ず生き残る」と誓っていた宮部ですが、最後は自ら志願して特攻攻撃を行って亡くなります。

 いのちを国のために捧(ささ)げることが美徳だった時代に、いのちの大切さを説いた宮部の姿は、感動的でした。

 現代の私たちは、平和な時代に生まれ、戦場で死と向かい合うというようなことなく過ごしています。生きていることが当たり前で、あたかも死が存在しないかのように暮らしています。

 死と向き合うことがあるとすれば、自分や家族が治らないがんを宣告された時かも知れません。しかし、それは特攻隊員のような理不尽な死ではなく、病という理由があり、家族や医療者からの援助があります。残された時間を家族とともに過ごすことができ、思いを伝え、いのちをつないでゆくことができます。

 私はがんになった時に、死を身近に感じ、いのちの大切さを切実に思いました。手術を受けてから5年が過ぎて、生きているのを当たり前に感じつつあります。この映画を見て、いのちを軽く見るような時代に生きていないことを、ありがたく思いました。同時に、私が「今、ここにいる」ということの貴重さを改めて思いました。

 宮部を臆病者と言う人がいる一方で、いのちを大切にする信念を理解する人たちもいました。その人たちを介して、宮部の思いが子供や孫に伝えられてゆくラストに救われる思いがしました。

 どのような時代であっても、いのちの大切さが変わってはならないと思います。

堀泰祐さん(県立成人病センター緩和ケア科)

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